研究施設の現状と将来計画 299
8-5 装置開発室
装置開発室は,分子科学の新展開に必要な新しい装置および技術を開発する事と日常の実験研究に必要な部品およ び機器の設計・製作に迅速に対応するという2つの役割を担っている。新しい装置の開発には研究者との密接な協力 体制で取り組んでおり,平成17年度からは共同利用機関の活動の一環として所外研究者からの製作依頼も受け付け るように体制を整えた。これにより,装置開発室固有の技術の維持と向上に研究者と技術者が一体となって取り組ん でいる。また,日常の実験研究で必要な工作依頼や緊急性を要する依頼に対しては加工技能を持つ短時間契約職員の 協力により対応している。この様に,装置開発室の重要な業務である新しい装置・技術の開発と日常の技術支援の両方 に技術職員が取り組んでいる。
8-5-1 独自技術の開発
機械技術では,より高度で先進的な技術を基盤として研究・開発を支援するために様々な新しい加工技術の開発に 取り組んでいる。多点計測型イオンチャンネルバイオセンサーの製作に必要な超精密金型を,理化学研究所と共同で 超精密ナノ加工機により試作を行っている。またホットエンボス加工により 10.mmの残膜部を有する P M M A基板の 製作を産業技術総合研究所と共同で,さらにニュースバルにおいて P M M A基板への直径 1.mmの微細貫通穴加工を D eep. X -ray. L ithography により試みている。さらに今年度はポジ型フォトレジストを用いたフォトリソグラフィーとシ リコンウェットエッチングによる溝幅 4.mmの微細流路形状パターンを製作し,バイオセンサー基板用の電鋳モール ドを製作した。今後これらの技術は,装置開発室の新たな研究支援サービスとして展開できるものと期待している。
従来から国立天文台と共同で行っている「脆性材料の超精密加工技術開発」も継続して取り組んでいる。これまで 行ってきた硫化亜鉛(Z nS )イマージョングレーティングの精密切削加工技術をさらに発展させ,複雑な3次元創成 加工へと展開を図るためミーリング加工によるガラスの形状創成を試み,延性加工可能な臨界切り込み量および臨界 送り速度について調査を行った。今後は脆性光学部材の非球面レンズ形状加工を試み,オプティクス製作への展開, 応用を目指す予定である。
もう一つの「小径工具を用いたマイクロ加工」についての取り組みでは,装置開発室に設置されている工作機械で は精度不足のため,サブミクロン駆動の精密フライス装置の製作を行っている。平成22年度はこの装置が完成し, 既存機械との精度比較を行いその有効性について確認した。今後は工作依頼で持ち込まれる高い寸法精度が必要とさ れる機器製作に活用していく予定である。
電子回路技術では,高速化や多機能化が進む電子回路の需要に対応するために,C P L D や F P G Aなど,プログラマ ブル論理回路素子を用いたカスタム I C の開発を積極的に行っている。東北大学多元物質科学研究所からの施設利用 である「超高速多重同時計測回路」では,従来の E C Lに代えて C P L D での開発を行い,回路の高速性と高機能化の 検証を行った。デバイスの高速化の一方では,低電圧化によるノイズマージンの低下が問題となる。今後は,高周波 回路での基板レイアウト設計の検討を行い,高速デバイスを利用する上での回路技術の確立を目指す。
また,東京大学大規模集積システム設計教育センター(V D E C )を利用したアナログ集積回路の開発技術の導入に 向け,ワークステーションを用いた V D E C . E D A環境の整備を行った。本年は,C M O S プロセスによる差動増幅回路 をトランジスタレベルから設計しチップ試作を行った。今後は,L S I の設計・製作・評価のためのノウハウを蓄積し, ユーザーの要求に迅速に対応できる体制を整える計画である。
300 研究施設の現状と将来計画
8-5-2 設備
装置開発室の設備は,創設から30年以上経過し老朽化,性能不足,精度低下などが進み,分子研の新しい展開を 担う研究支援に影響するため,毎年,重要事項として対策の検討を進めている。平成16年度から中村所長の配慮に より設備更新が徐々に進みつつある。しかしながら,先端的な加工設備や計測機器に関してはまだ十分とは言えない。 今後さらに研究所の方針に合わせた設備計画を運営委員会等で検討していく事とする。一方,高度な加工設備は機械 本体そのものも高価であり,また設置環境を整え,維持管理など付帯経費も必要であることから,他機関,他大学ま たは民間企業を含め,すでに設備されている機器を利用する方法も検討していきたい。現在,国立天文台が所有して いる超精密加工機の利用を行っている事例もあるが,これらは,年度毎に共同開発として利用申請書を提出し採択さ れる必要があり,研究支援や速やかな対応には向かない面もある。また,新規な材料等を加工する場合には,加工条 件の探索から始まるので,長期に亘っての使用,共同利用の場合の研究内容との整合性,更には,利用料や派遣経費 などの問題がある。これらを踏まえ,研究支援に効果的な加工機器の活用を調査・検討していく。
8-5-3 共同研究の状況
・施設利用実施件数:5 件
・成果報告
研究課題名:「マイクロ波イメージング」
マイクロ波 C Tは,新しい C Tとして数理的にも医学や産業への応用研究としても世界的な研究競争が起きている。 日本ではまだ数理的研究が先行しており,実機開発が課題である。そこで,その第一歩として,核融合科学研究所の 長山好夫教授が考案したマイクロ波イメージング検出器の素子を,分子研において開発した。研究は端緒についたば かりだが,自然科学研究機構新分野創成センターのプロジェクトの一環として今後の展開が期待される。
研究課題名:「電子線コンプトン散乱の時間分解反応顕微鏡の開発による物質内電子移動の可視化」.
この研究は,東北大学多元物質科学研究所の高橋正彦教授らによって提案された時間分解反応顕微鏡のための多重 同時計測回路を分子科学研究所で開発することで,世界に類をみない,過渡系電子波動関数が時間発展する様をスナッ プショット的に観測することを可能にするものである。開発した回路は初期の性能を十分に満足し,その結果,既存 の装置と組み合わせて,電子線コンプトン散乱で生成する 2 電子を一つの検出器によって検出することに世界で初め て成功した。この回路の詳細を含めた研究成果は,現在論文として投稿中である。
研究課題名:「紫外線立体投影露光における照射光学系およびアライメントステージの開発」
この装置開発は,産業技術総合研究所の銘苅主任研究員らによって提案された投影露光システムを分子科学研究所 で設計・製作したもので,紫外線を 10% 以下の損失で反射できるように立体ミラーの反射面をl/20以下の表面粗度 で精密機械加工し,さらに既存の両面コンタクトアライナーに挿入できるようなコンパクトな設計を特徴とする。こ のシステムは円筒のような立体表面上に繋ぎ目なく微細パターンが転写できるものであり,実際の露光実験によりそ の実用性が証明された。このシステムを利用した成果を実施例として,産業技術総合研究所より特許が出願された(特 願 2009-265059)。
研究施設の現状と将来計画 301 研究課題名:「スパッタ成膜およびドライエッチング用自動回転機能付きサンプルホルダーの開発」
このホルダーは,産業技術総合研究所の銘苅主任研究員らの要望に基づいて,分子科学研究所で開発したものであ る。これは,円筒のような三次元曲面を有する立体試料表面にスパッタによる金属膜の形成やエッチングによる膜除 去を目的とした自動回転機能付きサンプルホルダーである。当該サンプルホルダーにはバッテリー,モーター,ギア 変速機構等が外部に露出することなく搭載され,過酷な真空やプラズマ雰囲気下にも耐えられるようにドライエッチ ング耐性の高いセラミック材料にてパッケージングされている。このサンプルホルダーを利用した研究成果は,近く 論文に投稿される予定である。
研究課題名:「高輝度反射楕円回転体鏡の製作」
この施設利用は,京都大学理学部化学科の馬場正昭准教授によって提案されたものを分子科学研究所装置開発室の 精密工作機械を用いて製作したもので,これによって気体分子の微弱発光をほぼ 100% の効率で検出器に集光できる。 この機器によってこれまで不可能だった弱い電子遷移の超高分解能スペクトルの測定が可能となり,本年度の研究成 果は“ Journal of Molecular Spectroscopy, Vol. 260, 72–72 (2010)” に論文として掲載された。
研究課題名:「ヨウ化銀室温超イオン伝導性の研究」
この研究は,京都大学の北川宏教授らによって国際誌Nature Materialsに発表されたものである。分子科学研究所 装置開発室において技術開発された低次元系機能性材料開拓のための固体 N M R プローブ装置を用いて,ヨウ化銀ナ ノ粒子の伝導性について調べたもので,銀イオンの室温超イオン伝導性を世界で初めて見つけることができた。多数 の新聞報道が成された。
研究課題名:「Pd 様の A gR h 合金の研究」
この研究は,京都大学の北川宏教授らによって国際誌アメリカ化学会誌(J. Am. Chem. Soc.)に発表されたものであ
る。分子科学研究所装置開発室において技術開発された低次元系機能性材料開拓のための固体 N M R プローブ装置を 用いて,A g R h ナノ粒子の水素吸蔵能について調べたもので,A g R h ナノ合金において P d と類似の性質を世界で初め て見つけることができた。多数の新聞報道がなされた。